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瀬尾まいこ『夜明けのすべて』 | 優しい世界で人の抱える痛みを知る。

瀬尾まいこの本はいつも優しさで満ちていると思っているのですが、この本もそうでした。

上白石萌音松村北斗のダブル主演で来年2月の映画公開も決まっているということで、文庫の帯には映画の写真が掲載されています。※2023年10月26日に書いたやつです。

職場の人たちの理解に助けられながらも、月に一度のPMS(月経前症候群)でイライラが抑えられない美紗は、やる気がないように見える、転職してきたばかりの山添君に当たってしまう。
山添君は、パニック障害になり、生きがいも気力も失っていた。
互いに友情も恋も感じていないけれど、おせっかいな者同士の二人は、自分の病気は治せなくても、相手を助けることはできるのではないかと思うようになるーー。

あらすじより


実写化が決まっているものは、いつも俳優を役に当てはめて読んでいることが多いのですが、何故か今回はあまり頭に思い浮かばず、フラットな気持ちで読めました。

主人公2人の一人称で話が進むので、彼らの苦悩や絶望、小さな喜びがよくわかり、客観的に読むというより、自分自身が彼らになったような気持ちで読み進めていたからかもしれません。

さて、PMSと聞いて、どれくらいの人が生理前症候群とわかって、どれくらいの人がその症状について知っているんでしょうか。
また、パニック障害と聞いて、社交的な人がなる可能性や、特に自分自身で問題を抱えている意識がなくても突然発症する可能性があることを、どれくらいの人が知っているんでしょう。

少なくとも、私は全く知りませんでした。

生理前症候群なんて言っても、生理が重いくらいでしょ?
パニック障害って、心に問題を抱えた人がなる病気でしょ?
そう思ってました。知りもしないくせに勝手にそう思っていた私は、とんだ大馬鹿野郎です。

本を読み、改めて思うのは、人は本当に自分が経験したことがないことについては理解できないんだな、ということです。
同じように生きづらさを抱えている山添くんも、最初は美紗のPMSを理解できず、しんどさも苦しさも圧倒的に自分の方が上だと考えて、パニック障害PMSを同列にされるのを嫌がってたくらいです。
辛い立場にいる人でさえ、自分が知らないものについて理解、共感するのは難しい。

普通に生活していると、それはもっと顕著になると思います。
自分でも嫌になるくらい、私は何度も何度もそんなことがありました。

中学生の頃、同じ陸上部で生理の時は部活を見学している子がいました。生理が軽かった私はその子の辛さなど全く分からず、生理を理由に部活を休んでるんだろうと決めつけていました。
大学生になり、ある日突然、生理の日に脂汗をかくくらい体調が悪くなりました。それまで軽かった生理が、突如重くなったのです。
私は生理の日は見学してた中学の陸上部の子のことを思い出しました。生理の時の体調不良は人によって全く違い、軽い人もいれば、きっと起きることさえままならない人だっている。
あの頃、あの子の体調の悪さを思いやれず申し訳なかったし、休みたいだけだろうなんて思ってた自分が恥ずかしい。

歳の離れた姉が重いつわりで苦しんでいるのを見た時も、大変そうだなとは思いつつ、そこまで真剣に考えていませんでした。なんとなく、まぁ身体が弱い人がつわりになるのかなと、お前はいつの時代の人間だよ!と突っ込みたくなるくらい馬鹿なことを考えてました。
数年後、自分が妊娠悪阻になり、会社にもいけなくなった時初めて、私はつわりがどんなものか理解しました。テレビドラマで、炊き立てのご飯の匂いでちょっと「うっ…」となるのが「普通」だと思っていたのです。

また、番組制作をしていた頃、それはそれは忙しく、毎日遅くまで仕事をし、週に1回休めればいい方、という働き方をしていました。
時短で働いている事務の方が5時くらいに帰っているのを見て、正直、それしか働かなくていいなんて楽そうで羨ましいと思っていたのです。
ほんとバカです。決められた時間内に仕事を終わらせなければいけないプレッシャー、仕事を終えた後も保育園や学童のお迎えをし、夕食をつくり、宿題を見て、お風呂に入れて、家事をして、子どもに絵本を読んで、寝かしつけをして、普通に働くよりもしかしたらよっぽど疲れるほどのことをしていることに、自分が時短勤務になるまで全く気づけませんでした。

何度も何度も、自分が経験したことのないことについて安易に考えていたことに後悔し、もっと違う立場の人についても想像力を持たなければと何度も何度も反省しているにも関わらず、私は相変わらず自分が経験していないことについて、うまく想像できません。

だから、PMSを少し生理が重いくらいのものだと思い違いをし、パニック障害を何かに追い詰められた心の弱い人がなるものなんて思ったりしてしまいます。

こういう自分の馬鹿な勘違いに気づく時はいつもほんとに恥ずかしい。
何度経験しても、自分を
おりゃーーーー!!!
と投げ飛ばしてやりたくなりますし、
お前何回反省してんだよ!微塵も反省生かせてねーじゃねーか!!!
と頬を力一杯叩きたくなります。

それなのに、『夜明けのすべて』の栗田金属の人たちの優しさは果てしない。
PMSの美紗とパニック障害の山添くんに対してとてもフラットで、どんな姿を見てもそれを受け入れ、美紗が突然休もうと自然と業務を滞りなくこなし、腫れ物に触るようにするでもなく、どこまでも普通に接する。

たぶん本当に、PMSパニック障害に対して何も思ってないんだろうなと思います。
決して悪い意味ではなくて、迷惑だとか次いつ休むんだとか何でそういうものを抱えた人を雇うんだとか、そういう負の感情を一切持たないという意味で、何も思ってないんです。

私はこれまで、LGBTとか介護問題とか、知らないからこそ知識を入れることが重要で、知識さえあれば問題は少しずつ解決していくのかなと思ってました。
ただ、この本の栗田金属の人たちを見ていて、そういうことではないのかもしれないと感じました。
だって栗田金属の人たちは、PMSパニック障害についてたぶん詳しく知らないんです。
ただ、受けとめる。その人が抱えているものについては詳しく知らなくても、説明を受けなくても、何か抱えてることはわかっていて、でも、そこを追求するわけではなく、ただ「そういうもの」「そういう人」だと受け止める。

みんながそういう風にできたら、もしかしたら特別な知識なんてあまりいらないのかもしれません。

少なくともこの本を読んだ人は、PMSパニック障害について勉強してみよう!と意気込むというよりは、もっと人に優しくなりたい、もっと優しい世界になればいいな、という気持ちになると思います。

そうやってこの本から優しさが連鎖していったらいいなと思わせる本でした。


おしまい。