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1番好きな映画は岩井俊二『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』

1番好きな映画は何かと聞かれたら、岩井俊二の「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」です。

ただ、普段は人に勧めていません。
10年くらい前、後輩から「おすすめの映画教えてください」と言われてこの映画のDVDを貸したんですけど、「これ、どこが面白いんですか?」と心底不思議そうな顔して返されました。「いつ面白くなるのかなーって思ってたら終わっちゃって、ええ?!ってなりました」って言われたんですけど、ええええ??!!!って言いたいのはこっちです。
あの日、一番好きな映画を人におすすめするのは止めようと心に決めたよ、山口くん。あ、山口くんっていうのが「これ、どこが面白いんですか?」と言い放った私の後輩です。

打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」ってドラマじゃん。世にも奇妙な物語的なタモリさんの番組で放送したやつでしょ?って思う人もいるかもしれないんですけど、岩井俊二はあれで日本映画監督協会新人賞を受賞してるのでいいのです。しかもその後に劇場公開もされたので紛れもない映画です。

というかですよ?もともとドラマなのに日本映画監督協会新人賞をあげちゃうって逆にすごくないですか?次に映画撮ったらあげようじゃないんですよ。どうしてもこの作品であげよう、あげるべき、あげるしかないと思った人たちがいたから受賞したわけですよね。それを「どこが面白いんですか?」って聞きます?山口くん、私は今でも君に「面白くなかった」と言われたことがショックだよ!

映画は、小学5年生の男の子が好きな女の子を助けたくて、助けられなかった世界のほかに助けられた世界(助けられたかは不明ですが、彼女は間違いなく救われたと思います)の2つが描かれます。
あの釣具店の休業の札が揺れているところ、異様に神秘的だった夜のプール、大人でもはっとするくらい美しい少女の横顔、最後に一つ打ち上がったきれいな花火。それらを思い出すだけで泣けます。サントラなんて聴こうものなら涙腺崩壊します。

高校生の時にこの映画をレンタルで初めて見たんですけど、私が既に小学5年生ではないこと、何も思わず小学5年生を終えてしまったこと、主人公たちと同じ夏を過ごせないことの全てが悔しくて残念で暴れ出しそうになりました。

記録係でも弁当を運ぶ係でも、あの店の札を揺らす係でも、彼らが泊まった宿の荷物運びでも、バスの運転手でも何でもいいから、この映画に関わってみたかったと、全身にどうしようもない後悔が押し寄せました。この映画が好きすぎて、当時高校生だった私は、若さを売りにしてどうにか岩井俊二監督と結婚できないものかも真剣に考えました。

私にとってはそれくらいの映画なのですが、何故か一定数、私の後輩の山口くんのように「どこが面白いんですか?」とか言い出す人もいるのも事実です。せっかくなので何故そういう感想になるのかもちょっと考えてみました。

まず、先ほども言った通りこの話は、同じクラスの少女•なずなを主人公の少年• 典道が救うことのできないversion 1と、救うことのできるversion 2の2つの世界が描かれます。

そもそもなんですけど、この作品が放送されたテレビ番組である『if もしも』は、主人公の選択によってその後のストーリーがどう変化するかを見せるドラマシリーズ
ということで、その前提でこの話は作られたわけですよ。タイトルも「〜するか?〜するか?」というものにしなければいけないというルールがあったらしく、「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」になったとのこと。(本当は「少年たちは花火を横から見たかった」にしたかったそうですが、個人的には現在のタイトルがとても好きです。)そんなに沢山の前提のもと、こんなに素敵な作品を完成させたことが奇跡としか思えません。

version 1の世界、主人公の典道は同じクラスの少年と学校のプールで競争し、負けてしまいます。クラスメイトのなずな(奥菜恵が演じているのですが、これがもう信じられないくらい美少女です!絶対クラスの男子全員が好きだろっていうレベルです)は勝った方を花火大会に誘う(駆け落ちに誘う)ことに決めていたため典道ではない少年を誘うのですが、その少年は怖気付いてなずなとの約束をすっぽかし、なずなは怒った母親に連れ戻されてしまいます。泣いているなずなを見て、典道は「あの時自分が勝っていれば」と悔しく思います。あの時、自分が勝っていたら。典道がプールの競争で勝った世界、それがversion 2です。

好きだったなずなに花火大会に誘われた典道は、友人の誘いを振り切って約束の場所に向かいます。が、突然ななずなは「駆け落ちしよう」と、花火大会の会場ではなく駅に向かいます。駅で少し大人っぽい格好に着替えたなずなは、これからの「駆け落ち」生活について典道に話します。しかし、電車がようやく来るという時にまたなずなは態度を変え、「駆け落ち」はやめて2人は夜の学校に忍び込みます。洋服のままプールで遊んだ後、なずなは「2学期会えるの楽しみだね」と言って笑顔で別れます。

それだけです。自分でも書いていてびっくりしたのですが、それが全てです。結局駆け落ちはしませんし、駅に行って、夜のプールで遊んで別れる。言ってしまえば確かにそれだけなのです。
先程、救えなかった世界と救える世界について話しましたが、どちらの世界でも少女が大人の勝手に振り回されることは変わりなく、結局少女が転校する結末も変わりません。けれどversion 2の世界で、少女は確かに救われたのだと思っています。

どうにもならない世界の中で、ちょっといいなと思っていた男の子が友達を振り切って自分との約束を守ってくれた。自分のために一緒に駆け落ちしてくれようとした。自分の荒唐無稽な話を否定せず、一緒に電車に乗ってくれようとした。自分の言うままに、夜の学校に忍び込み、一緒にプールに入ってくれた。
そのたった数時間の記憶が、これから先の少女を救い、ずっと支えてくれると思うのです。

少女はとても美しく、活発で、転校先でもきっと沢山の友達ができます。まだしばらく周囲の大人に振り回させることもあるけれど、きっと幸せな人生を送れると思います。優しい彼氏もできて、それこそ、世間的には典道よりもずっとかっこいい人と結婚するかもしれません。
でも、少女は辛い時や苦しい時、幸せな時、きっと何度も花火大会の日のあの数時間を思い出して、元気づけられたり、頑張ろうと思えたり、くすっと笑ってしまったりしながら、思い出とともに生きていく気がしていて、そういう意味で、少年は確かに少女を救ったと思っています。

山口くん、どうですか?以上を踏まえてもう一回見てみませんか?
そんでもって、「前に見た時の俺はどうかしてました!!!」と滝のような涙を流しながら土下座してほしいです。

 

おしまい。